「顧客本位の経営」の真髄を事例に学ぶ - 『真実の瞬間』

真実の瞬間―SAS(スカンジナビア航空)のサービス戦略はなぜ成功したか真実の瞬間―SAS(スカンジナビア航空)のサービス戦略はなぜ成功したか』は、スカンジナビア航空を赤字から救った元社長ヤン・カールソンの著作。

書籍のタイトルにもなっている”真実の瞬間”とは、航空会社で現場の最前線にいる従業員の態度が、その航空会社全体の印象を決めてしまうことを指している。その瞬間が、出会ってからわずか”15秒”だとカールソンは指摘する。
本書は、私が師匠とあおぐコンサルタント菅野誠二氏と『リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間』の感想を意見交換した際、逆に勧められたものである。コンサルタントの間では、顧客指向経営を学ぶための最高のテキストとも言われている。

本書では、カールソンが、経営再建にかかわったリンネフリュ社やスカンジナビア航空での事例が豊富に紹介されている。経営の哲学が、豊富な事例やメディアとのやり取り、ときには心理学の面から裏づけされており、わかりやすくて一気に読める。

カールソンは、経営者の命令よりも、顧客とじかに接する最前線の従業員の意見を重視することが大切と説く。すなわち、経営者は、単なる指揮命令者ではなく、リーダーとならなければならない。そのとき、リーダーに求められるのは、高所から地形全体を把握する戦略的思考”ヘリコプター・センス”、そして、従業員の声に素直に耳を傾ける理解力である。

本書を読み進めて、目を疑ったのは、従業員全員を”管理者”と呼ぶくだりである。従業員ひとりひとりが各自の業務の管理者であり、起きた問題に対しては、独力、または他の協力を得て対策をうつ権限をもっているのだ。そうすることで、ピラミッド型組織をフラット化し、意思決定の迅速化と効果的な顧客対応を可能にできる。

しかし、組織のフラット化は中間管理職の排除を意味しやすい。カールソンは、中間管理職は、規則にしたがって現場を縛る管理よりも、業務活動をサポートすべし、と言う。つまり、指導や情報伝達、賞賛などで、現場の意欲を盛り上げ、業務計画づくりと必要な資源を確保することが中間管理職の権限になる。

ここで、”真の権限”とはなにか。本書P.117から引用しよう。

精神分析学者エーリッヒ・フロムが指摘するように、人はその肩書や地位を失うと同時に、権限も失うので、だれも伝統的な意味での権力を”保持”することはできない。実際には、権限と責任は、個人の才覚や知識、対人関係に結びついている。そのような個人の資質が、だれも取り上げることのできない真の権限を人に付与するのだ。

引用したこの部分。組織に所属している方なら、誰しも共感できるだろう、いや耳が痛い方がいるかもしれない。本来、成果に対する報酬は、形式的な昇格ではなく、明確な責務と信頼を与えることでなければならないのだ。本書は、さまざまな事例を通して、顧客本位、いや最前線に立つ従業員本位の経営とはいかにあるべきかを具体的に教えてくれる。

カールソンが主導した経営再建は、うがった見方をすれば、約20年前に遠いスウェーデンで起きた出来事に過ぎない。だが、今でも、この革新的な経営哲学を実践できている企業は少ないのではないだろうか。古典的名著ながら、今でも色あせない「顧客本位の経営」の真髄がよくわかる本である。

【付箋チェック】

リーダーのコミュニケーション能力には、かなりのショーマンシップが要求される。大勢の聴衆に自分のメッセージを受け入れさせる演技力は、企画能力と同じように不可欠である。メッセージを伝えるためには、ある程度、自分をさらけだすことも必要となる。自分の地を出せない演技者は、どんなに芸が洗練されていても、観客の心をつかめない。

第1章 真実の瞬間
第2章 ヴィングレソール社とリンネフリュ社の再建
第3章 スカンジナビア航空の再建
第4章 真のビジネス・リーダー
第5章 戦略の策定
第6章 ピラミッド機構の解体
第7章 リスクへの挑戦
第8章 意思の疎通
第9章 取締役会と労働組合
第10章 業績の評価
第11章 社員への報奨
第12章 第二の波